The miracles of science™

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DuPont in Japan
 
はじめに 
第1章 ビジョンと製品 
第2章 家族経営とアメリカの発展 
第3章 ビッグ・カンパニー

第4章 新たなる消費者への対応
第5章 発見
第6章 科学と豊かな社会

第7章 社外に展開し、社内を省みる
第8章 方向性を探る
第9章 持続可能な成長への道



  このほど200周年を迎えたデュポンはすでに幾たびか変革を遂げており、デュポンが発明した製品は現代社会の形成に貢献し、文字通り世界の多くの人々に生活の一部として利用されてきました。しかし、その歴史を紹介する書物はそれほど多くはありません。デュポンの歴史を扱った最も価値ある資料は学術的なタイプのものでしょう。ところがこの種の資料は、デュポンの歴史に登場する特定のテーマを詳しく知りたいと願う研究者にとってはとても貴重ですが、一般の読者には親しみにくいものとなっています。一方、デュポンを取り上げた一般向け書物の多くは、歴史家から見れば信頼できない、意図に問題がある、あるいは時代遅れのものとなっています。

  本書は、その中間に位置する資料として作成されました。調査や原稿の執筆はプロの歴史家にお願いしましたが、社員や退職者の皆さん、一般の方々にもとても読みやすいものとなっています。筆者であるヒストリー・アソシエイツ社のエイドリアン・キネーン氏は、素晴らしい仕事をしてくださいました。最初の数章ではこれまでにも紹介されたことがある史実を考察していますが、第7章から9章にかけては社の最近の歴史を取り上げており、当社の過去30年の歩みが書籍に紹介されるのはこれが初めてとなります。さらに、ハグレー博物図書館所蔵のコレクションより、デュポンが所有する豊富な写真の一部を紹介することも本書の目指すところです。社の歴史を語る際に必ず登場するため、デュポンに詳しい読者なら見慣れている写真もありますが、これまでにあまり紹介されていないものも数多く掲載しました。

 キネーンのほかにも、以下のヒストリー・アソシエイツ社の皆さんにお世話になりました。写真の選定や補足記事の調査を手伝ってくださったサラ・レビット、文の編集を担当したケン・ダーとジム・ウォレス、写真の調査を担当したジョン・ハーパー、この他、同社社員のゲイル・マチューズ、キャロル・スピールマン、メアリ・アン・フィッツジェラルドにこの場を借りてお礼申し上げます。また、ハグレー博物図書館のスタッフ、特に稿本・古文書部門のマージョリー・マクニンチ、絵画コレクション部門のジョン・M・ウィリアムスとバーバラ・ホールの協力と指導には感謝しています。本書の構成を考え細部の調整を熱心に進めてくださったアドラー・デザイン・グループのジョエル・アドラー、キャロル・アドラー、スーザン・ジョーンズ、トリッシュ・ムーア、極めて有能な製作監督であったジーン・ダイソン、流通をアレンジしたキム・クラーク、原稿整理をしたジャネット・マクナマラ・バーネット、インデックスを作成したジャン・ムーアにもお礼申し上げます。

  原稿の見直しと指導は、米国デュポン社法務部のジェフリー・ギャンブル(5代続けてデュポン社員)、米国デュポン社エンジニアリング部門の退職者でデュポ ン・フェローのトーマス・R・キーン、ハグレー博物図書館管理部門担当副ディレクターのダニエル・T・ミューア、元米国デュポン社広報部のリチャード・J・ウッドワードという、私たちがその判断力、知識力、洞察力を高く評価する4人の読者にお願いしました。

 読者を混乱させないために、名前については事前にいくつか編集規則を設けました。デュポンの創設者は、家族や友人からイレネーと呼ばれていましたが、最 近のデュポン社員や社の関係者の間では「E.I.」と呼ばれるようになっています。そこで本書では、後者の呼び方を採用することにしました。社名は状況に応じてデュポンまたはデュポン社と表記しています。英語の場合、デュポンのDuとPontの間はスペースを設けず、「D」と「P」は大文字です。一方、デュポン家の一員の姓として使われる場合には「duPont」と表記しています。唯一の例外は、異なるスタイルを採用しているサミュエル・フランシス・デュポン(DuPont)で、この艦隊司令長官に異議を申し立てることもないので、このような表記となっています。

 本書はデュポン創立200周年を祝う行事の重要な一環となっています。本書がこれからも末永く、情報源としてご利用いただき、楽しんでいただけることを願っています。

エグゼクティブ・エディター、ジャスティン・カリシオ
マネージング・エディター、ジェイムズ・ムーア

デラウエア州ウィルミントンにて

   

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